こんにちはこども防災協会です。

今回のブログはこども防災協会のスタッフ紹介記事になります。

今回ご紹介するは松浦貴昌さんです。

松浦さんはバンドマンから教育の世界に飛び込んだ教育の探求者です。

それではさっそくインタビューを開始しましょう!

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Q:これまでの経歴をおしえてください。

 私の自己紹介ではいつも「バンド」、「ビジネス教育NPO政治4つのキーワードでお話しています。

16歳からバンドに熱中して10年間はバンド漬けの毎日でした。ところが25歳の時、父がやっている事業が傾き、実家が売却されると聞きました。しかし父からは「お前は好きなことをやりなさい」と言われ、これまでにない感謝と人とのつながりの大切さを感じました。結局、私自身の決断でバンドを脱退することになりました。

父の事業の話もあり、ビジネスについて興味を持ち始めたのですが、最初は何もわからなかったのでビジネススクールに通うことになりました。がむしゃらに勉強してビジネスについて少しずつ分かってきたころにビジネススクールのスタッフになりました。仕事しながらビジネスについて学べる環境に身を置ことができたのでとても良い経験になりましたそして、27歳の時にマーケティングを行う会社を起業しました

会社経営と並行してカンボジアへの支援活動も行っていました。カンボジアの子どもたちと関わることで自分のやれることは何か考えるようになり日本子どもたちの「生きる力」を養う活動をしたいと思いNPO法人ブラストビートを立ちあげました。このNPOは子どもたちが音楽イベントの活動を行い、得た利益の25%を寄付するという音楽ビジネスと社会貢献の教育プログラムとして各地で展開しています。今では学校にも活動の場を広げ社会人の方が学校を訪問してビジネスや人生の話をするプログラムも展開しています。学校の先生以外の大人からいろいろな話を聞ける大変貴重な機会になっています私自身は33歳の時に通信制の大学で教育について学び、学校、学校、高校の教員免許を取得しました教育実習や教育制度を学ぶにつれて今の教育に危機感を抱いたのも事実です。

現在子どもの教育環境をより良くするため、また政治への興味を持ってもらうための教育をテーマに掲げながら活動に取り組んでいます。

 

Q:こども防災協会ではどんな仕事を担当されていますか?

防災士としての知識を生かしながら楽しく学べるアクティビティを作るお手伝いをしています。

 

Q:東日本大震災当日はどこにいらっしゃいましたか?

私自身は東京にいました。ビルがすご揺れて帰りは真っ暗な中、歩いて帰りました。その後、巻にボランティアとして参加して震災を自分事として捉えるようになり、沿岸部の被災地回りましたそこでも教育の大切さを再認識しました。石巻でこども防災代表の鹿島さんと出会い素晴らしい活動をされているなと感動しましたあと、大川小学校の出来事は特に印象に残っています。いざという時に生き残るため生きる力が必要で、なにより子どもたちには自分で意思決定できる人間になってほしいと切に願っています。

 

Q:災害についてエピソードがあればおしえてください。

NPOをやっているときに立ち寄った居酒屋で火災ベルが鳴りました。周りの人は気にも止めていませんでした。私たちも店員さんの指示を待っていたのですが、その中で店員の指示よりも先に非常階段で逃げた人がいました。結局、小火騒ぎ程度で済みましたが、今考えるともしその時本当に火災が起きていたらその人以外全員死んでいたかもしれないとぞっとします。意思決定の大切さを痛感させられました

 

Q:こども防災について思いをお聞かせいただけますか?

日本は防災大国にも関わらず、防災について学ぶ機会が非常に少ないです。日本人の防災に対する意識希薄なのも心配です。これからの願いとしては、子どもたち命を守ることを伝える授業が必要だと考えています。大人よりも防災について知っている子どもが増える世界にしていきたい。

また地域のコミュニティを巻き込んで防災について学んでほしい。そのためにできることをこども防災協会と一緒に考えていきたいと思います。

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松浦さんは経営者として、教育者としてこどもたちの学びを考えてくれています。

バンドマンとしても活躍しておられた経験からひとを惹きつける魅力もお持ちです。

松浦さんの熱意を見習ってこども防災協会も、こどもたちの学びのお手伝いをしてまいります。

松浦さん今回はお忙しい中、ありがとうございました!